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今日の国際ニュース
出典:The New York Times(https://www.nytimes.com/2023/05/14/business/economy/wealth-generations.html)
金利や税金のニュースは、むずかしい言葉が並びます。でも最後に動くのは、私たちの財布と企業のお金です。
2023年5月、ニューヨーク・タイムズは「史上最大の資産承継」と題する記事で、アメリカで進行中のある巨大な資金移動を報じた。73百万人いるベビーブーマー世代の最年少組も60歳を迎え、これから2045年までに84兆ドルの資産が親から子・孫の世代へと引き継がれる。
しかもそのうち16兆ドルは、今後10年のうちに動く。1989年に約38兆ドルだったアメリカの家計総資産は、2022年には140兆ドルへと3倍以上に膨れ上がっていた。
この数字だけを追うと、多くの人は「団塊世代から次世代への史上最大のバトンタッチが起き、格差はこのまま固定化・拡大していく」という、よくある世代間格差の物語として読み終えてしまう。政策論議も「富裕層への課税を強化すべきか否か」という賛否二元論に落ち着きがちです。
POINT 01
ここに注目した
だが、投資家としてこの記事から拾うべき物差しは、そこではありません。記事は資産承継が膨らんだ理由として、1983年からの住宅価格の約500%上昇、S&P500の2800%超の上昇を挙げている。多くの読者はこの「価格上昇」こそが格差拡大の原因だと受け取る。
家計簿で大切なのは『節約する』という宣言ではなく、月末にお金が残ったかどうかです。国や企業の数字も、宣言と結果を分けて見ます。
しかし価格上昇そのものは本来ボラティリティを伴う中立的な現象であり、それ単体では格差が世代を超えて固定されることまでは説明しない。見るべきなのは、その含み益が一度も実現されずに、そのまま次の世代へ滑り込んでいく制度的な経路の方です。
記事は、元BlackRock幹部で現在はPatriotic Millionairesの議長を務めるモリス・パール氏の証言を紹介しています。「私はほとんど税金を払っていない」と彼は言う。
所得を持たず、含み益は実現するまで課税されない株式や不動産で資産を保有し、必要な生活費は保有資産を担保にした証券担保ローンで借りればいい。パール氏自身、妻の父が1970年代に買った株を、数千ドルから数十万ドルに値上がりした状態のまま保有し続けており、一度も税金を払っていないと述べている。
さらに米国の税制では、個人1290万ドル、夫婦2600万ドルまでは生前贈与・相続を通じて連邦遺産税がかからない。純資産500万〜2000万ドル以上の高・超高純資産世帯は全体の1.5%に過ぎないが、2045年までの承継総額の42%、約36兆ドルをこの層が占める。
想定される相続額は30兆ドルを超えるのに、想定される納税額は4.2兆ドルにとどまる。単純に割ると実効負担率は14%に満たない水準になります。

目の前の値動きだけで一喜一憂せず、このニュースを「AIを使う側」「流動性」「構造を見る」の視点から、長い時間軸で見るのがポイントです。
POINT 02
なぜ重要なのか
もう一つ数字を翻訳しておくと、S&P500の2800%超という上昇率は、1983年を起点に年率換算するとおよそ8〜9%程度の複利成長に相当する。年8〜9%という数字自体は驚くほどのものではありません。
恐ろしいのは、この程度の複利が、一度も課税されないまま数十年、時には二世代、三世代にわたって積み上がっていくという時間の長さの方です。
ここで因果関係を組み直してみる。表面上は「資産価格が上がった(A)→相続格差が広がった(B)」という一本の線に見える。しかし実際には、含み益を非課税のまま保有し続けられ、必要なら借入で消費できるという制度設計(D)が、Aを生む理由にもBを生む理由にもなっている。
富裕層が資産を売らずに保有し続けるのは、その方が税制上圧倒的に有利だからであり、その資産がそのまま次世代に渡っていくのも、同じ制度設計のおかげです。AとBは、どちらもDから生まれた結果であって、AがBを引き起こしているわけではありません。
バイデン政権は純資産1億ドル以上の世帯に最低25%の年次資産課税を課す予算案を提示しています。だがJPモルガン・アセット・マネジメントのチーフ・グローバル・ストラテジスト、デビッド・ケリー氏が指摘する通り、この種の富裕税は違憲と判断されるリスクを抱えている。
仮にこの提案が成立しても、それはBの結果に事後的に課税しようとする試みであって、Dそのもの、つまり含み益を非課税のまま繰延できる仕組み自体には手を付けていない。違憲リスクで制度変更が停滞すれば、Dの経路はむしろ温存される可能性が高い。
POINT 03
初心者は何を理解すればいいか
ここは、三つに分けると分かりやすくなります。
ここで一つ明確にしておきたいのは、この記事は資産価格の今後の値動きや、投資家の資金がどのセクターに流れているかについては何も語っていないということです。
証券担保ローンの残高がどれだけ膨らんでいるのか、資産価格が下落した局面でそのレバレッジがどう働くのか、こうしたデータは今回のSource内には存在しない。
もし住宅や株式の価格が長期的に大きく調整し、含み益そのものが目減りすれば、承継される資産の規模自体が縮小し、この繰延構造が格差を拡大するという説明力も弱まるでしょう。
これは答えの出ている問題ではなく、投資家自身が相続税制の議論、担保ローン規制の動向、富裕層の借入依存度を継続して確認すべき宿題として扱うべきものです。税制議論が盛り上がっていることと、それが実際に資産価格や株式市場のリターンにどう跳ね返るかは、別の話です。
余談だが、この構造は日本企業が長年抱えてきた問題と、遠い親戚のような関係にある。日本の停滞は金融緩和という量の政策だけでは解けず、企業が内部留保を溜め込み、非正規雇用という形で分配を先送りしてきた分配不作為という制度的な経路によって説明できる部分が大きい。
アメリカの相続格差も、富裕税という税率の議論だけでは解けず、含み益を非課税のまま繰延できるという分配不作為の制度的経路によって説明できる。マクロの税率や金利をいじるだけでは、分配メカニズムの設計そのものに手が入らない限り、結果は変わりにくい。
ただし日米の分配構造を定量的に比較できるデータは今回のSourceにはなく、ここではあくまで考え方の共通点として述べるにとどめておく。
POINT 04
今日、投資行動を変える必要は?
ありません。今日学びたいのは、銘柄ではなくニュースの見方です。
冒頭に戻ろう。84兆ドルという数字も、S&P500の2800%という数字も、それ自体は投資判断の材料にならない。株価が上がっているから、みんなの資産が増えているから、という理由で何かを買うのは、投資判断としては危うい落とし穴です。
モリス・パール氏が数十年間、一度も税金を払わずに株を持ち続けられたのは、株価が上がり続けたからではなく、彼が実現しないという選択を、非課税繰延という制度の上で取り続けたからにすぎません。
長期投資で本当に問われているのも、同じことです。ある資産を持ち続ける理由が値上がりしているから、みんなが承継しているから、であるなら、それは理由になっていない。腹落ちすべきは、その資産の背後にある構造――なぜその価値が生まれ、なぜそれが続くのか――の方です。
今回で言えば、資産価格の上昇そのものではなく、含み益を課税されずに保有し続けられる制度設計こそが、富の集中を四十年以上にわたって支えてきた本当の理由でした。
だからこそ、この記事から引き出すべき投資原則はシンプルです。価格が上がっているという事実だけでポジションを持ち続けてはいけない。逆に、価格が一時的に下がったという事実だけで手放す必要もない。
見るべきは、自分がその資産を持つと決めたときの理由――ここでは非課税繰延という制度そのもの――が、まだ機能しているかどうかです。
もし議会や最高裁が、いつか本当にこの繰延の抜け道を閉じる日が来たら、それはニュースの見出しが変わった日ではなく、投資理由そのものが壊れた日として記録すべきでしょう。
POINT 05
5分で分かるまとめ
- 今回のニュースは「84兆ドルの大相続が映すもの――資産価格ではなく、税を先送りする仕組みが格差をつくる」です。見出しだけで投資判断はしません。
- 2023年5月、ニューヨーク・タイムズは「史上最大の資産承継」と題する記事で、アメリカで進行中のある巨大な資金移動を報じた。
- バイデン政権は純資産1億ドル以上の世帯に最低25%の年次資産課税を課す予算案を提示しています。
- だからこそ、この記事から引き出すべき投資原則はシンプルです。
- 今日すぐに投資行動を変える必要はありません。数字と構造を定点観測します。
- 最後は、その事業と経営者に共感でき、自分の言葉で腹落ちするかを確かめます。
DETOUR
寄り道コンテンツ
大きな経済数字は、自分の財布へ戻して考える
金利やGDPは遠い話に見えます。でも住宅ローン、商品の値段、会社の借入費用へつながっています。難しい数字ほど『誰の支払いが増えるの?』と聞くと、少し身近になります。
栄枯盛衰、諸行無常。今日の人気が、10年後も続くとは限りません。だから私は、値動きより事業と経営者を見ます。自分で腹落ちするものを、長い時間軸で考えていきましょう。
